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2015年01月09日

努力はテレビゲームより楽しくてよい

あけましておめでとうございます!
今年も色んな事がありそうでワクワクしています。
みんなで素敵な一年にしていきたいですね。


元旦は、どんな人でも『今年こそはあれもこれも頑張ろう!』と心機一転、やる気を出す時だと思います。
人は、できることが増えたり、成長したり、新しいことに触れたい欲求はものすごく強いのだと思います。


しかし、それ以上に強く
『自分自身の価値を否定されたくない。』という恐れも持っています。
その恐れが、本来その人の持っている成長への欲求より上回ると努力が続かなかったり、無気力になったりします。



☆自分を成長させようとする中での失敗で自分の価値は下がらないと知る。
☆自分のペースで成長していくことを他人と比べる必要がないと知る。
☆他人から見た評価は、他人のものであって参考にすることはあっても自分の本質的な価値ではないと知る。

そうして他人の目を通して世界を見るのをやめること
自分の目でものを見、聞き、感じた自分自身の意欲や気持ちを素直に大切にし形にしようと試みていくこと。

それが、ワクワクして物事に取り組み成長していける秘訣なのではないかと思います。



「上に書いたようなことは理想論で、社会の中で生きていくには周りの価値観に合わせなきゃ生きていけないじゃないか。」
という考えはよく聞きます。

ところが、やはりそんな事はないと思うのですね。

例えばレッスンを受けていて、自分ではできたと思っていた所に先生からアドバイスを受けると
☆のように他人の価値観と自分の価値の分離ができていると『なるほど、そういう見方があるのか~』『気づかなかったけど、面白いな』などと先生の持っている感覚や美意識を素直に味わうことができます。
さらには『先生はいつも○○のようなピアニストが好きだから、今のアドバイスは完全に先生のシュミだな…フフフ。』なんて余裕が出てきたり。

逆に、絶対的な美しさの価値観が存在して、先生の評価によって自分の価値が影響されると考えていると。
アドバイスの内容よりも『自分ではできていると思っていたのに、先生からみたらできていなかった』とか『頑張ったつもりなのにダメだった』という気持ちが先にたってしまいます。
言葉を言葉どおりに実践しなければいけない、と思って脈絡なく自分の音楽と先生の音楽を結合させたりするので、一つ言われたら一つしか変わらない。全体のまとまりがとれない。自分のやりたいことをやれてる実感がない。という状況に陥いることもあります。



今はピアノについての話でしたが、どうでしょう?
社会の中でも似たような事があったりしませんか?


もし思い当たる事があったら、ぜひ自分の感じることを大切に形にしていくように生活してみてください。
きっと、自分自身への深い深い信頼が湧いてくると思いますよ。

そして、自分への信頼が深ければ努力は希望と可能性へのワクワクする入口になるのです。



そんなわけで、ハッピーニューイヤー!またね、バイチャ!!

(バイチャは古い…(;・∀・)









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